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創業:西暦1538年、勅許鋳物師「中尾工業株式会社」

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第四十四回「中尾工業株式会社」創業:天文7年(西暦1538年)

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天文7年(西暦1538年)、城主牧野出羽守保成から三河牛久保の中尾助九郎に「三州山東鐘鋳」の許状特権が、安堵されたのを創業とする中尾工業株式会社

中尾家伝記によれば、すべての勅許御鋳物師が名乗るように、中尾家もまた河内国丹南群出身であると記されている

その時期は南朝敗北後とされ、中尾名で最古の鋳造品は、応安3年(西暦1370年)製となる菟足神社の梵鐘であり、14世紀半ばに来住したと推測されている

天正17年(西暦1589年)には、全国の鋳物師支配をはかった真継家との最初の繋がりが記録されており、

その後、断絶の期を迎えるも明治2年(西暦1869年)まで続いたことで、三河方面での鋳物師を統率する役を担っていた

中尾家が鋳物師として大きな発展と遂げたのは、元禄年間(西暦1688~1704年)で梵鐘などの他に鍋釜の鋳造を始めたことに起因している

この時に製造されていたのが、三州釜で西日本一帯でその名を轟かせることとなり、文化年間(西暦1804~1818年)の盛期を経て

文政3年(西暦1820年)に、350石積みの船を大阪で購入したのを皮切りに、以後の大量販売の道を開拓している

大正13年(西暦1923年)頃には、20馬力の蒸気機関を中尾十郎工場に導入し三州釜の生産拡大を諮り20t/日の生産を可能とする20トンの鋳鉄炉を築いた

平成11年(西暦1999年)、鋳造業の長い歴史に幕を閉じ、現在に至っている


古くから三河の鋳物師を統率し、地域の発展に大きな影響をもたらした中尾家

中尾十郎氏は、明治9年(西暦1876年)に、私財を投じて金屋学校を設立している

村人から常に新しいことを考えていると言われた中尾十郎氏が、開校式で挨拶をした時の言葉

「いまは、全国のどんなまずしい村も、小さな村も、身分に関係なく、男女だれでも学校の教育を受けることになりました。このような時期に、金屋学校が開校できたことは、大変うれしいことです。しょう来、この日本を発てんさせ、アメリカやイギリスに負けない国にするために、本校からすぐれた人物がどんどん出ることを願います。」

学問の必要性が高まりつつある中、日々の生活の為に土を耕さなければならない現実との葛藤が人々を支配する変遷期

「わたしがきふをしましょう。わたしのざいさんは、先代様がきずいたものですから、教育のため、村のため、日本の発てんのために役立つならばきっと喜んでくださいます。」

と開校前、そして開校後も続いた寄付の総額は二千円以上

当時は、一家族が一ヶ月の生活をするのに一円だった世の二千円

家族、地域、そして日本の将来を見据えた多大な投資を行った三河の鋳物師、このビジョンは決して絶やしてはならない、そう感じずにはいられませんね



目指せ100年企業!第四十四回「中尾工業株式会社」

http://www.kknakao.com/

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